身近な建築人 外灯が照らすもの
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2007.11.04 (Sun)

外灯が照らすもの

子供すやすや外灯が照らすもの


写真をご覧になれば、察していただけると思います。

画像をクリックすると、拡大画像が表示されます。
世知原町


日本は西の端、長崎県。
そのまた山間の田舎、佐賀県との県境にある我が町「世知原町」は以前は炭坑町として栄えましたが、1970年最後の炭坑閉山を境に人口は減り続け、今ではすっかり寂れた町となりました。

2005年(平成17年)4月に佐世保市と合併しました。
最盛期の昭和35年には12000人近くいた人口も、4500人足らずまで激減しています。

これでも、我が町のメインストリートです。
左に行政センターの看板、右に親和銀行が写っています。
この道のすぐ先に、小学校と中学校があります。
日曜日の午前10時に撮影しましたが、人っ子一人歩いていません(^_^;

ところで、写真の右側に外灯が写っています。分かりますか?
一番手前に、親和銀行の緑の看板が取り付けてある外灯があって、それから一定間隔で外灯が設置してあり、ずっと続いています。

こんな田舎の寂れた町にしては、立派な設備だと思いませんか?
外灯のフォルムもそこそこオシャレだし、町並みの形成に一役買っています。
宣伝看板も照明付きなので、夜に明るく点灯しているさまは、明るいだけではなく心に安堵感を与えてくれます。

画像をクリックすると、拡大画像が表示されます。
外灯


これは、私の父が商工会長時代に発案し、町の賛同を得て、設置にこぎつけたものです。
外灯が出来る前は、実に暗い町でした。その暗さは、侘びしいくらいでした。
そこで、父は、外灯を灯して町を明るくしよう。町を活気づけよう。
と、商工会員に呼びかけました。

宣伝用の看板をつけることで供出金を募り、設置及び維持管理費にあてるというものです。
さらに、たくさんの外灯をつけることが出来るように、1会員2灯設置を条件としました。
1灯は自分のお店の近くに、そしてもう1灯は商店街ではない住宅地に設置するのです。
会員全員の賛同を得て、たくさんの外灯が設置されています。

ボーイ父の貢献は他にもあります。

それは、商工会館の建設でした。

以前の会館は、木造で狭く老朽化していました。
ところが、県からの補助金の目処もつき、いざ事業化という段になって、建設予定地に大変な問題が潜んでいることが、明らかになりました。

敷地の中に里道が存在していたのです。

里道は敷地を、ほぼ7:3に分ける位置で横切っていました。
里道は国に帰属します。
その上に、建築物等の構造物を許可なしに造ることは出来ません。
もともとが狭い敷地を二つに分けたのでは、会館の建設は成り立ちません。

そこで、父はあらゆるツテを頼り、たくさんの関係各所に相談して、頭を下げてお願いして廻ったそうです。
苦労の甲斐あって、父のひたむきな請願は報われました。

里道に他の建築物の建ち並びがなく、行き止まりになっていたことが幸いしました。
通り抜けが確保出来ればよいと、認められたのです。

もともと1階(地下)は駐車場のピロティーだったので、ほぼ原案通りに建てること出来ました。
私はまだ、この仕事に就いていませんでした。
今となってハッキリ分かるのは、完全に担当設計者の怠慢です・・・

画像をクリックすると、拡大画像が表示されます。
世知原町商工会館


その父が亡くなり、1年が過ぎました。

葬儀の際は多くの弔問をいただきました。
反抗ばかりしていた私は、今回の外灯と会館の話しを、父の口から聞くことはありませんでした。
葬儀の際に始めて知り、父の偉大さに驚くと同時に、もっと父と会話をすべきだったと悔やんだものです。

商工会長の歴任者は辞職後、町の要職に就くのが慣わしでした。
他人の意見をよく聞く耳を持ち合わせながらも、自論を曲げない頑固さ。
そして、相手が町長だろうが国会議員だろうが食ってかかる気の荒さが災いして、その貢献が公に称えられることは、ついに最後までありませんでした。

弔問をいただいた知人の方は、きっぱり仰ってくれました。
「とうちゃんは、口は悪かったばってんが、ほんとは優しか、よか男やったばい!」

男気を大事にした父も、心から喜んだに違いありません。。
どんな表彰状や感謝状にも変えられない、一番の褒め言葉です

子供にこにこ会館が建って20余年が過ぎ、外灯が点って10年以上が経ちました。

会館は町民の文化活動等にも開放され、町おこしに貢献しています。
外灯は今夜も明るく町を照らしています。
明日以降もずっと照らし続けて、その灯りが消えることはないのです。

町の繁栄を願った父の想いは、灯し続けられます。

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テーマ : 生き方 ジャンル : ライフ

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